良作ながらもあらすじがミスリードを誘う作品「カメラを止めるな!」

去年?一昨年?流行りましたねいわゆる「カメ止め!」

最近になってNetflixやAmazonプライムにて配信されたのでようやく観ました。

初めて映画を観るときはあまりあらすじとか読まないで観るんですが、この映画はあちこちで噂になっていたので、「ゾンビ映画」らしいことと、タイトルからモキュメンタリー(ドキュメンタリーを模した映画、フェイクドキュメンタリー)なんだろうな、という先入観がありました。


でその感想ですが。うん、面白い映画ですよ。ただし上記の先入観があったせいで「騙された感」もありましたが。しかも結構ネガティブな「騙された」感。

騙された感の例 -ミスリード

この感じは実は昔、別の作品で感じたことがあります。まずはそれを紹介しましょうかね。

「少林サッカー」という映画がありましたね。この映画は香港映画で、カンフーアクションさながらにサッカーをプレイするというアクション映画に仕上がっていて、ストーリーはカンフーを活かしたサッカーで宿敵を倒し、全国制覇を狙うという流れです。

そしてこれの関連作品として、「少林サッカー外伝」というのがあります。
このタイトルからどういう映画を想像するでしょうか?少し予想してみてください:)

.

.

.

さて答えです。
「少林サッカー外伝」のあらすじは、「少林サッカー」の登場人物である「鉄頭」が、息子とその妻の結婚生活に危機を感じて、女性家政婦に化けて何とか家庭崩壊を防ぐ、そんな感じの物語です。
サッカーのシーンなんて数分程度。カンフーアクションも皆無です。共通点は「鉄頭」だけ。
どうでしょう?当たりましたか?:)

騙された感が少しくらい実感してもらえたでしょうか?w

さて次に下の動画なんですが、これは今では一般的に知られている「スタートレック」の通算8作目にあたる映画「ファーストコンタクト」の公開時テレビCMです。1996年の作品。

これを当時見て、「これはスタートレックの新作映画だ」と分かる人はほとんど居なかったでしょう。

なぜなら、このCMは「スタートレック」を匂わす要素が徹底的に排除されているからです。

まず宇宙船と赤い光を放つエイリアン「ボーグ」が最初に出てきますが、ボーグを知る人はスタートレックに詳しい人だけです。

その後の映像では、この映画で初めて描かれるギミックや登場人物ばかりのシーンが続きます。
一瞬映る宇宙船エンタープライズ号も新型、つまり初めて出てくる形なので、当時はまだ誰も観たことないタイプなんですよ。。。w
(他に描かれているボーグスフィアもジョディの新しい義眼もエンタープライズの脱出ポッドもこれが初めて)

さらに主演であるピカード艦長も、人気キャラクターのデータも、レギュラー陣は最後まで誰一人出てきません。

そして最後のナレーションでは「Star Trek」の言葉は無く「First Contact」のみ。
スタートレックの映画であると明確にしている場面は、最後に画面に小さく「STAR TREK」が表記されている所だけ。

今でこそ「スター・トレック」は一般大衆に認知されていますが、当時はまだSF好きの間でしか受け入れられていなかった(一般世論からするとSFオタクものという敬遠があった)というのもあるでしょう。だから少々詐欺まがいの宣伝をしないと商業的に成功しないという目論見があったのかもしれません。
当時フジテレビでは「新スター・トレック」は深夜に放送していて、ナイター中継の延長などがあれば放送自体が潰されてました。。。そんな事もありました。。。w

個人的にスタートレックは好きだったので自分は分かったんですが、これを見てスタートレックだと知らずに観に行っちゃう人いるんだろうなぁ、と思ってました。

映画の宣伝ではこんな事が日常茶飯事なのかもしれませんね。


カメ止め!はホラー映画?

さて本題の「カメ止め!」、自分はNetflixで観たんですが、そこにはこんな説明がありました。

うん、つまり撮影中にゾンビが現れたから記録として残さなきゃ!的に撮影し続ける映画なんだな、と思いましたよ。
「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」から「パラノーマル・アクティビティ」、「REC」に代表されるモキュメンタリーを想像できる文章。
(特にRECの最後のセリフ「撮り続けるのよ!」にもかぶってたし)

つまりこのあらすじだけ読むと、この映画はホラー映画だと思いこんじゃう人が結構いるんじゃないか、と思います。

で、もしかしたらホラー映画を期待してい映画館に行ってしまった人がいたかもしれません。

でもこのあらすじは厳密には「カメ止め!」ではなく「ワンカット・オブ・ザ・デッド」のあらすじ。だから「カメ止め!」のあらすじとしては不適切ですし、ミスリードを誘っていると指摘されても仕方ないと思います。

次にAmazonビデオの紹介をみてみましょう。


内容(「Oricon」データベースより)

とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画を撮影していた。本物を求める監督は中々OKを出さずテイクは42テイクに達する。そんな中、撮影隊に本物のゾンビが襲いかかる!大喜びで撮影を続ける監督、次々とゾンビ化していく撮影隊の面々。“37分ワンシーン・ワンカットで描くノンストップ・ゾンビサバイバル!”を撮ったヤツらの話。


最後に「を撮ったヤツらの話」が付いているので、内容としては間違っていませんが、これもまだミスリードを期待している書き方です。
「撮ったヤツら」が「実際にゾンビに襲われつつも記録を残すために命を懸けて撮影し続けたヤツら」にも取れるからです。
(「ワンカット・オブ・ザ・デッドを最後まで演じ続け、撮影し続けたヤツら」と明確にすべきです)

「チケットを買った時点でお金はこっちのもんだから、後は客がどう思おうが知ったこっちゃない。ミスリードしたあなたが悪い」というスタンスであれば、この書き方をしてもおかしくないでしょうし、「あぁそういうスタンスなんだな」という冷めた目線でこちらも認識します。
(そしてこの出来事が次回作を視聴するかの判断の一つとなります)

そしていざ映画を観てみると。。。

あまりに酷いモキュメンタリー「ワンカット・オブ・ザ・デッド」

上記のミスリードした状態で再生開始。

。。。

こりゃあ酷いわ。。。٩(′д‵)۶

何が酷いかというと、まずモキュメンタリーに徹していないこと。
画面にいるのは「ゾンビ映画」の役者とスタッフ、カメラとカメラマン。

モキュメンタリーの鉄則として「カメラは実際に劇中に存在すること」というのがあるんですが、ここで(映像に写っているカメラとカメラマンではなく)映像を撮っているカメラは実在するのかどうか判別のつかない所。

しばらく進んでいくと、モキュメンタリーお決まりの日常シーン(ポンッのところ)がしばらく続き、その後にゾンビが登場!

ゾンビの至近距離からカメラが撮影しているので「カメラマンが襲われないから、このカメラは存在しないのね」となるんですが(追記1:あえて言えばモキュメンタリーではなくドキュメンタリータッチとしてあり得る方式なので問題ない)、しばらく進むと監督がカメラ目線で叫んでる。
「え、カメラそこにあるんじゃん!」となるわけです。
この時点でモキュメンタリーとしては駄作決定。「実在するのに襲われないカメラマン」という矛盾した存在が世界観を破綻させてるからです。

あらすじを読んだ上でホラー目当てで来たお客さんや、ホラー/モキュメンタリー好きならここで見切りをつけるかもしれません。

あーあー。。。という気持ちで観ていくと、今度はカメラのレンズに付いた血しぶきを拭き取る指が。。。٩(′д‵)۶

出てくるゾンビもお粗末で、妙なコミカルな動きをしているゾンビも。。。

しかし考えてみると「そういえばワンカットだな、うまくカメラカットを隠してるのかな」というところに気づき、どこでカメラを切り替えてるのかを探し始める自分。
(モキュメンタリーは実際は別カットだけどうまく繋げてワンカットに見せるところも見どころ)

物語も最後まで観終わり、カメラマンも最後まで襲われることもなく、タイトル「ワンカット・オブ・ザ・デッド」が映し出された時の感想は、「モキュメンタリーとしては酷いけど、これワンショットで撮影したんだ。みんな頑張ったねぇ(・∀・)」でした。

でもホラー映画として観ると期待はずれの駄作としか言えません。
追記2:そして、その映画の世界で生放送を観た人たちの感想も同じ様になるでしょう。

上記の感想と同時に「あれ、短くね?」と、残り時間をチェックするとあと1時間くらいある(映画だとこれが出来ないので、ここで終わりと思われても仕方ない。酷いホラーに加えたった37分という短さにムカつく人もいるのかも)。
「???」と思いつつも観ていると、なにやらのんびりした物語が始まったぞ。。。?

「カメラを止めるな!」の言葉の意味

実はいままで観ていた「ワンカット・オブ・ザ・デッド」は、テレビの企画として作られた作品で、その後にそれを撮影するまでの経緯と、撮影中のハプニングを描いた本編「カメラを止めるな!」が始まるのです。

その中で、「ワンカット・オブ・ザ・デッド」は生放送で行われることが明かされ、それを実現するために制作スタッフが準備するも撮影中にトラブルが続出し、アタフタするもその場しのぎでなんとか撮影しきるという、割とドタバタコメディが展開されます。
その間に親子愛なんかもあってホッコリするところもありますが、つまりトラブルが起こって物語が所々破綻していても生放送を中断させてはいけないから「カメラを止めるな!」なんですね。。。内容説明から得たイメージと違いますね。。。

最初のあらすじが作品に忠実ならもっと良い映画だったんでしょうけど、まぁ日本の映画界の闇が垣間見れた作品であったのかもしれません。

本当の見どころ

しかしながら、作品自体の見どころは「酷さ」をちゃんと演出できているところ

なぜあの時会話がとぎれとぎれになったのか?
あの意味不明なセリフの意味するところは?
なぜカメラ目線になってしまったのか?
なぜゾンビが奇妙な動きをするのか?

という、映画やモキュメンタリーとしては「NGシーン」を計算して折り込み、その理由をちゃんと用意しているというのは、モキュメンタリーをしっかり理解しているからこそ考えついた演出のように思えます。

つまり「狙い通りの完璧な駄作」と、その理由を描き出しているところが(完成度は置いといて)この映画の見どころ、面白い部分なんですね。

そして最後まで生放送を続けるために皆が一体となって頑張る姿と、放送しきった達成感が心地よく響きます。

。。。だからわざわざホラーに見せかける必要なんてなく、最初からほのぼのコメディで売り出してもよかったんじゃないかなぁ?

追記3:追記2と同様、この「ワンカット・オブ・ザ・デッド」を生放送で観た視聴者は、この駄作的作品を観て何を思うでしょうか?
それに対し制作スタッフとテレビ局関係者は「無事に放送し終えた」という点で満足した表情をし、クオリティについては全く気にしていない様子ですが、自分たちが駄作を放送してしまっている事について何ら不安はないのでしょうか。

というところを考えると、このリアル世界において「実際に製作、放送している日本の映像作品はこの程度のクオリティだ。視聴者はこの程度で満足してる。これでいいのか?」と監督が警鐘を鳴らしているのかも知れないな、とも勘繰れます。まぁ考えすぎかも知れませんが、そう考えるとかなりシュールな自虐的ダークコメディにもなり得ますね。。。w

そしてこの考えが正しいなら、日本映画界、映像業界の視線をそらし、さらにそれらを批判していることになるので、究極のミスリードを仕掛けた、とも取れます。
とここまで織り込んだ作品であるならば、この作品は日本映画界に一石を投じた素晴らしい作品と評価します。まぁ考えすぎでしょうけどw。
–追記ここまで


作品自体は良作です。ただし初見で観る人にホラーという認識をもたせるべきではなく、最初からハートフルコメディとして扱われるべき作品でしょう。そこだけ直してくれれば言うことはありません。
紙媒体は無理でもネット系なら宣伝文句を書き直してもらえれば済む話なので、もうお金も知名度もゲットしたでしょうから直してもらってもいいんじゃないですかね?(・∀・)

まぁこういうことがあったからこうしてBlogに書いているわけで、そういう意味(このBlog自体が宣伝媒体となる事)では企画側の成功なのかも。
そしてそれに乗ってしまった自分もまた騙されているのかもしれませんが。
(まぁだけど少林サッカー外伝とスタートレック:ファーストコンタクトの件はどこかに書いておきたかったことなので、そのチャンスを与えられたのは有り難かったりしますw)

しかしながら、この作品はストリーミング配信に合っている映像作品だと思うし、個人的には入場料払って映画館に観に行かなくて良かった、行ってたら多分数日の間ネガティブな気持ちになっていただろうと、正直な所そう思ってます。

こちら側もミスリードしないように気をつけなければいけませんが、ミスリードを誘うような宣伝文句もやめていただきたいものです。

PR
Leave a Reply